お茶の歴史
発見時、お茶は飲み物ではなく食べ物
紀元前、中国雲南省で初めて茶樹が発見されたという説が、諸説あるお茶の起源の中では有力視されています。雲南省には現在でも樹齢を重ねた茶樹が数多く立っています。ただし、発見された当時では、今とは違って飲み物ではありませんでした。その葉はどうやら薬として、じかに食べられていたらしいのです。
時が過ぎ、飲み物として人が口にするようになったのは、漢の時代からだと言われています。しかし、それは使用人を抱えているような、ごく限られた人々だけであったようです。
中国から日本へ伝来
最澄、空海、永忠などの遣唐使によって、お茶は初めて日本に伝えられました。当時はとても貴重な品で、身分の高い人たちだけが口にすることを許されていたと言います。
しかし、その後に遣唐使の制度が終わりを迎えると、それと並行して日本の茶文化も一時的に途絶えてしまったのです。再開されたのは、1191年、栄西禅師がお茶の種子を宋から運び入れ、日本でのお茶栽培が広まってからでした。
ヨーロッパで最初に伝わったのはオランダ
ヨーロッパでお茶と言えば、断然イギリスというイメージが強いですが、意外にも一番早く伝わった国はオランダだそうです。一説によれば、1610年にオランダが輸入した日本茶が、ヨーロッパに最初に渡った物なのだとか。それから20年以上遅れ、初めてイギリスに輸入されたのです。一般市民に飲まれるようになったのは、さらに20年経ったあとのことだったそうです。
1823年にはイギリスの冒険家が、インドのアッサム地方で自生していた茶樹を発見しました。調査によって、これが中国で自生していた物と別の種類の茶樹であることがわかったのです。さらに1845年には、やはりイギリスの植物学者が緑茶と紅茶は製法が異なるだけで、原料は同じ茶樹であることを発見。中国の茶樹とアッサムで発見された茶樹との交配が進められることになり、インドで栽培が盛んになり、現在のような一大産地となったのです。イギリスの茶文化はとても有名ですが、実は日本よりも遅れ、近年になってから広まったものだったのです。